22/12/2011 | 16:45:26

エレガントなハノイの人々

作家バン・ソンさんにとって、ハノイは文学創作のインスピレーションを生む。

バン・ソン(Bang Son)作家(1932年生まれ)は生まれてからずっとハノイに住んでいる。彼にとって、ハノイは文学創作において最も強いインスピレーションを生んできた。これまで、作家バン・ソンはハノイをテーマにしたエッセーをおよそ千編執筆した。タンロン・ハノイ遷都1000年記念日に向けて、ベトナムフォトジャーナルの記者はハノイの人々のエレガントさに関するインタビューを行った。

記者:ハノイの人々の容姿については「香りがなくてもジャスミン。 エレガントでなくてもチャン・アン(昔のハノイの名前)の人々」という言い伝えが頭に浮かんできます。ハノイの愛好者として、この言い伝えをどう思いますか?作家バン・ソン:この言い伝えは首都の繁栄を強調するだけでなく、ハノイのエレガントさを讃 えるものでもあります。幸いなことに私たちはハノイという町があります。より幸いなことは長い歴史において、ハノイの文化はベトナム文化の結晶だというこ とです。言語について言えば、ハノイの言葉はメロディーのように音色に富んでいて、言葉の意味も非常に豊富な標準語です。

飲食文化について言えば、ハノイは各地方の真髄を引き出し、最もすばらしいものを吸収しました。ベトナムの全土、至る所で稲が植えられ ていますが、ハノイのボン村で植えられている稲だけから青いもち米コムを作ることができます。コムは不思議な緑色をしていて、その香りには秋の空が込めら れているようです。ボン村のコムは年に一回しか食べられません。そして、ハノイにあるイエン・ニン村の人々はその青いもち米から青いバナナの葉に包まれた お菓子バインコムを作り出しました。

数世紀前から、ハノイの人々の着こなしは非常に繊細なものでした。そしてレー・フォ(Le Pho)画家とカット・トウン(Cat Tuong)画家は昔から伝わるベトナムの長いドレス、アオザイを改良し、現在、これはベトナム女性の伝統的衣装となりました。世界美人コンテストで、ベ トナム代表として参加した女性の着るアオザイは常に最も美しい民族衣装として評価されてきました。

記者:しかし、これは過去のことで、世代が変わり、多くの変化もあると思います。ハノイの人々のライフスタイルや生活文化にはどんな変化がありますか?

作家バン・ソン:時間が経つと共に、特に、都市化が進んでいることと共に、ハノ イの生活やライフスタイルには多くの変化もありました。前向きな方向に変化してきたものもあれば、そうではないものもあります。例えば、21世紀に入り、 ハノイにスカートが普及してきました。ハノイの女性のスカートはそれぞれの女性の身体にぴったり合うように仕立てられ、刺繍があるのもあればないものもあ りますがすべてはエレガントなものです。以前から、ハノイの男性はネクタイをしてきませんでしたが、最近はネクタイをするようになりました。その色はけば けばしくなく、シャツと背広の色に合っています。かつて、ハノイの人々には文化を楽しむチャンスがあまりなく、一年365日に公演を行う劇場は数ヶ所だけ でした。当時、ベトナムの伝統歌劇トウンで占うという習慣がありましたよ。つまり、トウン劇の内容を知らないまま切符を買って、劇場に入り、その劇がどん なものかで自分に幸運をもたらすかどうかを知るという具合です。現在、ハノイではテレビを始め、数多くの娯楽手段があります。家で横になっていても、世界 の至る所の出来事を知ることができます。しかし、現在のハノイの付き合いの仕方は以前と違ってしまった・・・

記者:ハノイのエレガントなライフスタイルと文化を守るため何をすればいいと思いますか?

作家バン・ソン:現在、ハノイの人口構成には基本的な変化がありました。現在、 ハノイの人々の中で昔からハノイに生まれ育った人は数パーセントだけかもしれません。作家トー・ホアイ( To Hoai)が言ったように、ハノイに住むすべての人々はハノイの人々と呼べます。ハノイのエレガントさはこのおよそ1千年にわたり培ってきたものである。 そのため、ハノイの文化とライフスタイルについて言えば、昔のハノイであるタンロンの真髄について触れることを意味します。私たちはライフスタイルや着こ なしから芸術の鑑賞の仕方まで、ハノイの人々のエレガントさを保つ必要があります。これは法律ではないですが、ハノイの文化は誰もがほめなければならない ように、ハノイの文化やライフスタイルの素晴らしさがいつまでも守られることを望んでいます。

記者:どうもありがとうございました。


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