13/07/2010 | 11:24:00

ハン・ブオム(Hang Buom)通り

広州クラブ会館が設立された22番号の旧家。写真:ナム・スオン(Nam Suong)

ハン・ブオム(Hang Buom)通りは昔から帆を販売し、その帆は布かトウシンソウで作られ、船に使われた。ハン・ブオム(Hang Buom)通りもタンロンの17世紀から中国人が集中した地域である。

同通りの長さは300m、ホアン・キエム区にある。昔はハー・カウ地区にあり、トリック川のそば、ホン川に結んだ。1954年以前は「Rue des Voiles」というフランスの名が付けられていたが、1954年以降は、ベトナムの名前「ハン・ブオム通り」に変わった。

昔のハー・カウ地区の人々は川に関係のある職業をしていたことから、昔のハン・ブオム通りで扱う製品はトウ、スゲで作られた袋、バッグ、マット、畳などであった。原料は船でハン・ブオム通りのすぐ近くまで運ばれ、そしてハン・ブオム通りの製品も多くの地方に運ばれていった。

昔からタン・ロンにおいて、封建王宮は外国人を対象にした住宅規則、住宅先を規制し、その中でジエンフンを中国人が居住する地区にした。

その華僑の通りはグエンチャイの「輿地志」にドゥオンナン(中国人の通り)地区と記されている。「大南一統志」ではヴィエットドン通りと呼ばれている。

このことから、初め、ハン・ブオム通りは中国人が居住する先ではなかった。昔の中国人はヴィエットドン通り(今のハンガン通り)、それからハンボ、フックキエン通り(今のランオン通り)、ハン・ブオム通りに集中していた。

中国人は主に商売するので、ハー・カウ地区は川のそばにあることから、ハー・カウ地区が中国人の主な居住先となった。

当時から、同通りに広州クラブ会館が設立され、現在、幼稚園となっている。 ハン・ブオム通り76番の家に竜杜神軍広利白馬大王寺がある。白馬大王はタンロンの神殿において非常に重要な神であると知られている。

現在、ハン・ブオム通りには、お菓子、ケーキ、メロンの種、ビル、ジュースなどを販売する店がある。ここもハノイのにぎやかな通りの一つである。

チャン・チー・コン(Tran Tri Cong)

印刷 お気に入り